つぶやき

非合理的であることは人生を豊かにするかもしれない。

迷路

こんにちは、Izumiです。

これだけインターネットが普及した現代、スマホで調べれば大概のことは出てきます。SNSで誰とでも繋がれる時代。自分で調べるならまだ良い方なのかもしれません。

最近は、合理性重視で無駄を省きたがる傾向にあるんじゃないかなと思って。

私自身、自分の頭で考えたり、想像を膨らませるということが減ったように思います。

とは言え、こんなに便利な時代に生まれたのだから、活用しない手はありません。便利な時代に生きている恩恵は有り難く頂こうと思う。

けれど、人から見聞きする話や情報だけでは得られないものがあると私は考えています。

非合理的であることは、人生を豊かにする

検索

何か新しいことにチャレンジしてみよう!と思った時、とりあえず情報収集を始めます。なんなら、経験者の意見も聞いてみたい。

いざ行動してみても「自分のやっていることは正しいのか、意味のあることなのか・・・」不安になったりする時もあるもの。

そんな時、本を読んだりネットで検索したり。自分の周りに経験者がいる場合、話も聞けたりするけれど、なかなか難しい。人によってはセミナーに入ったりということもあるでしょう。

成功したかったら、その道で成功している人をよく観察し真似してみるのが良いとよく聞きますよね。

誰しも、できることならミスや無駄なことはしたくないですから、失敗を最小限に留めようとします。だからこそ、人の体験を通して学ぼうとするのではないかなと。

人から話を聞くと「少しばかり分かったような気」になるんですよね。熱くて前向きな話であればあるほど、聞いただけで満足してしまう。

合理的/非合理的な思考・行動とは

花火

一見無駄なことに思えても、あとからその経験が生きてくることってあると思うんですよね。

やっぱり何でも自分でやってみないとわからないじゃないですか。

合理的な思考・行動とは

・過程よりも答えを知りだかる

・無駄を嫌う

・始める前から無駄だと自己完結する

・早く結果を求める

こんなところでしょうか。

非合理的な思考・行動とは

一方で、非合理的な行動は

明らかに無駄とか、特に得られるものはないだろうな〜と分かっていても、ついついやってしまうこと。

わかっちゃいるけど、やってしまう!やめられない!

そんなことってありますよね。そして案外、非合理的なことこそ面白かったりするものです。そこには利害も、損得もないですから。

無駄のない人生は味気ない

私なんかは、どちらかと言えば(いや、確実に)。
計画性がなく抜けた性格なので、
毎日のように小さいミスを繰り返しますし、時にビックリするような失態もします。

計画性があって、”きちんとした人”に憧れる。。

それでも失敗の数だけ、自分と向き合う機会も多い。もちろん、毎度失敗に向き合えて、学べているかと言えばそんな事はないですけど。

失敗するからこそ、次に生かす為に「〇〇しよう」とか「いやいや、〇〇の方がいいんじゃないか?」と試行錯誤する。

そうやって身を削って、自らが痛い思いをして初めてわかることってたくさんありますよね。

人から聞くだけでは得られないもの

実際によくあるのは、人から話を聞いて感化されること。

しばらくは気持ちが高ぶり、やる気になるけどモチベーションは長く続かない。

実際、思っても行動できないことの方が多いし、考え出した瞬間に行動しなければ1秒を追うごとに行動は遠のく。5秒の法則は有名ですよね。

自分の中からしか出てこないこと

お店の場所だったり、イベントの情報だったり。決まりきったものならば、検索で的確な答えが得られるけれど、抽象的であればあるほど考えは無数で、答えがあるようでない。

それでも辛い時、迷った時、困ったときは同じ悩みを抱えた人がいるのではないかと、自分の不安や悩みを少しでも和らげたくてネットで検索したりする。

家族や友人には相談しずらいこと、ありますね。

本に書かれていること、インターネットで検索して出てくるものは人が作ったものです。どんな意見も、ある意味ですべて正解だと思います。

こういったものに助けられること、救われることもある。それでも自分と全く同じ性格や環境の人間など存在しないので、結局は参考程度だということ。

肌感覚というか、自身の身を持って経験せねばわからないことがある。結局は自分が感じたことしか話せないし、書けない。

それが正解とか不正解とかではなく、作り手個人に起きた出来事や体験・価値観・考え方であるということ。

失敗は学ぶ絶好のチャンス

鍵

何を失敗とするかは、人それぞれ。

当の本人は「何で失敗をしたのだろう…」と失意のどん底にある時だって、人の目にはそう映らないことだってある。

自分ほどは深刻に捉えていない可能性も高い。そもそも、人は自分に危害が加えられた以外のことに関して他人のことをいつまでも覚えていないもの。

失敗で終わらせるか、成長段階と捉えるかの違い

私にとって「なんてことないこと」でも「それは人生の最大の汚点だ!」みたいに捉える人もいるかもしれない。

もちろん、何かやってしまった直後は落ち込むのだけど。しばらく時間が経てば、自分の中では終わったことなので「失敗ではなく経験」として捉えていることが多い。

上手くいくこと、全くダメな時。できれば避けて通りたいことも時にはあるけれど、その中でしか体験できないこと、感じられないことは確実に存在している

失敗したことで、短期的な損(失ったものや恥ずかしい思い)はあるかもしれないけど、それを糧にするのかどうかは自分の考え方次第であると思うのです。

【まとめ】非合理的であることは人生を豊かにするかもしれない

空に飛ぶ風船

自分の経験上からしか掴み取れないことは間違いなくあります。そもそも、失敗がなかったら成功した時の喜びも感じないんじゃないかと思うんですよね。

常に正しい道を選択し続けられる人間などいないんじゃないでしょうか。生まれた時から今まで一度たりとも失敗・失態のない人間なんてあり得ないのだし。

それでも、人間は失敗を恐れるし、間違えれば恥ずかしい。そして、できればそんな思いをしたくないと思っている。

それでも笑い話にできるのは、自分の中で乗り越えた時。大したことじゃなかったと思えた時に、人は失敗や悲しい・恥ずかしいことを笑い話にできるのではないでしょうか。

失敗も無駄も、そう悪いことばかりではないのかもしれません。

ここまで読んでいただきありがとうございました♪

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ABOUT ME
izumi
izumi
フルタイムで働きながら4年制大学の通信教育部で学ぶシングルマザー。子育て・仕事・学業に毎日奮闘!2020年4月から3年目に突入。大学では福祉・心理学 ・スクールソーシャルワークを学んでいます。

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