ひとりごと

人生におかける恐怖

レポートに頭を抱えつつもたぶん、こうして大学に入らなかったら考えもしなかったこととか知らずにいたことが沢山あるからそういう面では福祉って面白いなって思います。

あくまで自分の興味あることだけね。

大人ってなんでしょうか。

子どもの頃、大人になれば自然と心まで大人になると思ってた。母親になれば自然とお母さんらしくなるものだと。

実際はどうだろうか。

確かに親になったことで、自然と責任感は増し、子どもは無条件に大切に思える存在。

だけど、妊娠・出産を機に母親らしさが自然と身に付いたかと言えば(こう書くと母親らしさの定義ってなに?となってくるのでアレだけど)

というか、私の根本はきっとこれからもずっと変わらないだろう。
よく歳をとっても気持ちは若い時のままというけれどあれは本当だと思う。

身体的に歳を取ることと精神的に成長することは別物だもんね。きっと、年配の人達からしたらまだまだ若いんだろうけど。そんな30代前半(半ばに差し掛かろうとしている)ですらもう自分の衰えに怯え鏡を見る度にため息をつきたくなるときがある。この調子でいけばそう遠くない未来、鏡を割ってしまうかも(笑)

その一方で私は常に今が自分にとってのベストだと思っている。

というのも今の自分の状況は常に自分の選択してきた道の上で起きていることだと思うから。

そりゃぁ、いいことばかりではないし、なんで自分はいつもこうなんだろう..って泣きたくなる日もあります。ってか泣く。 結構。

まぁ、数えきれないほどの失態と墓場まで持っていくレベルのこともいくつか。閻魔大王もビックリよ。

それでも一見、無意味に思えることさえも全て経験。

私はいつまで常に自分にとってのベストだと言えるだろう。

そして私が恐れているのはきっと、容姿の変化ではなく自分が年齢と共に柔軟になりこんな、くだらん思考を経てあらゆることを超越できるのか。

そんなことのような気がします。

理屈では分かっていても

目の前に山積みになったチョコレートを「大切に食べなさい」と言われるのと

「一粒しかないチョコレートを大切に食べなさい」と言われるのではやはり、感覚が違う。

中には、山積みチョコレートでも、大切に大切に少しづつ食べていく人もいるだろうけどね。

 

最近よく「時間を大切にしろとか」「自分に必要ないものは切っていけ」みたいな計画的に人生を生きろ的な感じがヒシヒシと伝わってくるのは私だけだろか。

まぁ、確かに私も無意識に無駄や自分に必要ないものは選別しているんだろうけど。毎日、キラッキラで無駄なく、完璧にこなしている日なんてまず無い。

人生は短く、必ず終わりがくるとわかってても無駄にダラダラしてしまう。

「あー。今日も大して何もせず終わった」なんて日はざらにある。

「明日こそ!明日こそ!やるんだ!!」ってどんだけ前から同じこと言ってんだよ。

って自分に突っ込みをいれたくなる。

無駄もそう悪くはない

常に一瞬、一瞬を取りこぼしのないように味わうことは難しい。

十分に生きたと思える日が私にも来るだろうか。そして

その前に「This is ME」と自分に胸を張って生きていける日は来るのでしょうか。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました

0
ABOUT ME
izumi
izumi
4年制通信大学に通うシングルマザー。 離婚を期に高校中退であることに不安を覚え高認資格を取得、その後通信大学に入学し現在福祉と心理学を学んでいます。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です