通信制大学の検索はこちら【無料で資料請求できます】

【シングルマザーの不登校日記】#2学校に行きたくない子どもVS行かせたい母

この記事は小学生の子どもの不登校に悩むシングルマザー(私、Izumi)が、どうしようもない心の葛藤を過去の思い出とともに書き出した内容になっています。

一部行き過ぎた言動がありますが、なるべく「ありのままを伝いえたい」というのが私の考えであり、発信する上で最も大切にしていることです。

不完全さ、未熟さ、醜さも含めて、子どもの不登校と向き合う一人の親の心の動きや葛藤を知っていただければと思います。

私の言動を推奨・正当化するものでは決してありませんので、その辺りを心に留めて読み進めていただけると幸いです。

前回の記事はこちら

あわせて読みたい
【シングルマザーの不登校日記】#1学校を行き渋るようになったキッカケ 前回の記事はこちら https://izumi-lifeblog.com/futoko-diary/chapter-0 次男は小学生2年生の頃から学校に行き渋るようなりました。 初めの頃は学校を嫌がる理由がわか...
この記事を書いた人

・アラフォーシングルマザー
・高校2年生で学校を中退
・離婚後の危機から高卒認定試取得
・その後福祉系の4年制大学入学・卒業

ミニチュアに沼り中
Izumiです
目次

コロナ禍で変わってしまった学校生活

休校中のお弁当

前回書いたとおり、次男はある日突然不登校になったわけではありませんでした。キッカケとしては新型コロナ蔓延による学校の休校と感染対策の強化。

(小1)2020年3月頃→新型コロナウィルス蔓延により小学校が約1ヶ月休校

預け場所がなく小学校の一時預かりと児童クラブを利用

厳しい制限管理の中で過ごすことが難しく一時預かりと学童の利用を断念

(小2)2020年4月→学校が再開

児童クラブを嫌がるようになり辞める

2020年4月始業式から2週間程で行き渋りが始まる

学校が再開した後もこれまで通りの学校生活は戻ってきませんでした。

慣れないマスク、本来は自由であるはずの遊びの制限、給食センターも止まり簡易的な食事になり食事中のおしゃべりも変わらず禁止されていた。

制限だらけの学校生活で「学校=嫌な場所」になったことが一つの要因ではあると思いますが、新型コロナの影響はキッカケに過ぎなかったのだと思います。

不登校のはじまり

みんなも頑張ってるんだから

これは学校に行き渋るようになった次男に私がよく言っていた言葉。

Izumi

はい、最悪です・・・最悪の言葉がけです

この頃、次男に学校に行きたくない理由を聞いても「だんまりを決め込む」か「わからない」「行きたくない」しか返ってこなかった。

今になって思えば漠然としていて明確な理由はなかったのかもしれないし、思う所はあっても言葉にすることが難しく出来なかったのだと思います。

何を聞いても納得できる答えが返ってこないことに、私はただのワガママだと感じていたし腹も立てていました。

そもそも小中学校は義務教育だし行く行かないの選択をする場所でもないというか…一言で言えば危機。自分の頭の中で警告音がビービーなってるわけです。

Izumi

この時期に休ませておけば「こんなに長引くこともなかったのかな」と考えることもあります

実際はわかりませんし、今更言ったところで後の祭りですが・・

当時の私は、自分の子どもが不登校に片足を突っ込んでいる現実を受け入れられないでいました。

驚きと焦りで周りが見えていなかったし、このまま一生学校に行けなくなるんじゃないかと心配と恐怖が混じり合っていました

この辺りから私の次男の攻防戦が始まります。

学校に行きたくない子ども

子どもというのはとても正直です。

前回少し触れましたが、次男の場合は学校行き渋りが始まった頃から腹痛の症状がありました。言葉よりも身体が拒否反応を起こしたんですね。

嫌がる息子を無理矢理学校に連れて行く私に、日に日に学校への拒否感が強まっていく次男。

朝起きれない、寝付きが悪い、元気がなくなる、頻繁に起こる腹痛、頻尿、明らかに自律神経を崩していきました。

※現在身体の不調はありません。また無理に学校へ連れて行くこともある時期を境にやめました

病院を受診したところ腹痛に関しては過敏性腸症候群の診断。学校での状況を病院の先生に伝えWISC(ウィスク)も受けました

どうしても学校に行かせたい母親

不登校の子どもに言ってはいけない言動リストがあれば、きっと私は全てやり尽くしたと思います

・学校に無理やり連れていく
・学校に行かない(行けない)ことを責める

・ゲーム機を取り上げる
・しつこく理由を聞き出そうとするetc

冷たい態度を取ったり、もう好きにしなさいと突き放したことも一度や二度ではありません。

本当に恥ずかしいんですが止まらないんです。言葉も行動も。こんなことをしても息子は絶対に学校に行かないし、状況はどんどん悪い方向にいくこともわかってる。

酷い言葉や態度をした後に落ち込み自己嫌悪になるのに、なぜが止められない。学校に行って欲しいと思う気持ちを捨てられない。藁にも縋りたいそんな気持ちでした。

学校との板挟み

次男が学校に行かないことも悩みでしたが、それ以外にも辛かったのが板挟み

・仕事で迷惑を掛けている罪悪感
・送り迎えの負担
・遅刻、欠席連絡
・毎日来る学校からの電話

子どもが学校に行かないことで、自分に降りかかってくる事柄が相当ストレスでした。

「どうしてこんなことになったんだろう・・」とか「育て方が悪かったのか」そんなことばかり考えていた気がします。

あまりに追い詰められてくると「学校に行ってくれれば全て解決する!これまで通りの生活に戻れる」という偏った思考になってくるんですよね。

Izumi

悪循環の極みだった

次第に私の心も病んでいきました。

外では必死に取り繕ってましたが、何もしていなくても涙が出てくる。無気力、夕方頃になると胸が重くざわつく。常に眠りが浅く毎夜悪夢。

どうしようもないくらい暗い重い。もう一生夜なんて来なければいいのにって何度願ったか。

子どもだけではなく親もメンタルクリニックやカウンセリングを受けることが大切だと思います。私はSC(スクールカウンセラー)と定期的にやりとりを続けています

※カウンセリングは病院や学校などにいる公認心理師や臨床心理士の方から受けましょう

当時の私の気持ち

嫌がる我が子を学校に行くように仕向けるというのは、想像以上に骨の折れることです。

褒めても励ましても、怒ってもなだめても駄目、全てが無駄。

学校に行きたくない子どもVS行かせたい母親

毎日毎朝、学校に行く・行かないの押し問答。完全に根比べ状態

ただ、これも面白い事に子どもが学校に行ったら行ったで私も心配で不安なんです。

少なくとも「今日は学校に行ったぞ!よし!とは全然ならないわけです。なんならもの凄い罪悪感に苛まれる。

「何か困ってないかな」「先生に言えたかな」「友達と話せてるだろうか」

人からすると嫌がる子どもを半ば無理矢理つれていく鬼婆のように見えたかもしれませんが

子どもと同じように親も苦しんでいるっていうことです。

やり方は間違っていたかもしれないけど、私なりに子どもの将来を考えていたのは本当。

「この子は学校に行けないかもしれない」という可能性を受容するため私には必要な過程だったのだと思います。

Izumi

進んで学校に行き始めた今でも心配は変わらないけどね

不安と恐怖

なぜ私が学校に行きたがらない子どもを必死に学校へ戻そうとするのか?いっそ諦められたらそっちの方が断然楽だと思いますが、諦めるって可能性を無くすようで恐いじゃないですか。

私にとっても学校は楽しい場所ではありませんでした。だけど小学校なんて基礎の基礎、生きていく上で読み書き計算は必須じゃないですか。

それに学校には勉強以外の側面もある。人との関わり規範、集団での社会生活を覚えるところです。

いつか社会に出て、人との関わりの中で生きて行くのは絶対避けられないことなのに、今からこんなんでどうやって生きていくの?

こんなことで折れたら生きていけない(焦り)→もっと心を強くしなきゃ!(恐怖)という不安が発動したんだと思います。

それに自分の周り(リアル)で小学生から不登校だった大人を知らない。私には完全に未知の世界なわけです。

Izumi

私がとくに心配なのはこの4つ

・不健康
・勉強の遅れ
・社会生活(人間関係)
・居場所

「勉強なんて後からどうにでもなる」とか「勉強なんて出来なくてもいい」とか言われますし、私も最初はそう思ってましたが、この問題は結構根深いです。

居場所問題も然り。世間で言われるほど簡単でもないし選択肢もありません。

Izumi

恵まれた環境と金と時間を持つ者だけが言える台詞よ

無責任な意見にむかついてた

子どもが学校に行き渋るようになってから今日までの約3年間、私もただ悩んで怒って泣いて落ち込んでいただけではありません。

色々なことを試しました。学校・病院・相談機関(行政)にも助けを求めました。

「不登校でもいい」とか「大丈夫」という最近世間でよく見聞きする言葉は、私にとって綺麗事。

誰も日々の負担を減らしてくれないし、具体的な解決策も提示してくれない。

何も知らないくせに

何の責任もとってくれないくせに

完全にやさぐれモード。笑

Izumi

全てが敵に見えていた時期もありましたが、色々なことがあって今は少しずつ改善しています

よその子どもと比較して自己嫌悪

地域の旗当番をすれば、みんな朝早くから登校している姿を目にする。子どもを学校に連れて行けば、ふつうに授業を受けている子ども達が何十人・何百人といる。

そういう多くの子どもが当たり前にしている「小学生の生活」をなぜ自分の子どもは出来ないのか。元気いっぱいで楽しそうに笑っている子ども達を目にすると、どうしても比較してしまう。

よその子と我が子を比較するなんて最低な行為だと思いながらも比べてしまう自分を嫌悪する毎日。

Izumi

学校以外でも褒めるべき部分、良いところは沢山あるのに、こういう時って視野が狭くなりすぎるのが他にまったく目が行かないんだよね

世間の目が不登校に対して寛容になってきたことは良いことだと思います。一口に不登校といっても理由も状況も様々ですもんね。

その一方で、「学校に行く」という当たり前のことを望んでもいかないのか、子どもの意見を無視して学校に戻そうとする自分は最低の親なのかという思いを抱いたりもします。

「ふつう」という言葉は正しくないのかもしれないけど、大多数の人がやっていること(標準として求められるもの)ができないというのは、やっぱり悩みの種になるものです。

人のキャパシティはそれぞれ

当たり前の話なんですが、人の辛さや困難さって真に理解などできないんですよね。それが例え自分の子であったとしても。

私としては、子ども達が学童を嫌がるから辞めて留守番させるために色々と手続きした。行き渋りが始まってからは毎日学校とやりとりして時間も調整して送り迎えもしている。

要は、私だってあなたの意思を尊重してるんだから(学校くらい行ってよ)‼ってことです。

「たかが1限、45分の授業ぐらい」って思ってたんですよね。

でも裏を返せば、そのたかが45分の授業すらも嫌なくらいに学校に行きたくないわけです。私にとっては何てことのないことが当時の次男にとっては地獄のような時間だったのでしょう。

そういう所を私は理解できていなかった。

というか、理解しようともしていなかった。自分の不安やまだ先の将来にばかりを見て、目の前で悩んでいる子どもの気持ちを無視して突っ走っていた。

だからといって何もしない、ただ見守るというのも(私達のケースでは)また違う気がしていて。

受け入れないこともあります。私は感情のある人間なのでいつも笑顔ではいられない。

全て理解することもできないし、子どもの世界から嫌なものを全て取り払うことも、欲しいものを全て与えることもできない。

私ができることは、なるべく理解しようとすること、できる限り選択肢を与えること、社会に出て生活できるよう自立する力を付けること。

そして自信をつけさせること。

それが今の私にできることだと思うので、時にはぶつかり、反省し、試行錯誤してあーでもない、こーでもないとやっていくしかないのかなと思ってます。

あわせて読みたい
【シングルマザーの不登校日記】#3学校の対応とやりとりが負担過ぎる(実践した対応策あり) 前回の記事はこちら https://izumi-lifeblog.com/futoko-diary/chapter-2 子どもが行き渋りや不登校になると避けられないのが学校とのやりとり 私はこれが相当ストレス...

おすすめの本

Izumi

子どもの不登校に悩んでからは沢山の本も読みました

今日はその中の1冊をご紹介します

『学校に行きたくない君へ』

本の中に不登校解決策のようなものは載っていません。一部不登校を勧めるような内容もあります。不登校児を持つ親に寄り添った内容ではないので、共感が欲しい方はにはおすすめしません。

不登校・ひきこもりの当事者・経験者である子どもたちが芸能人など20名の方にインタビューした記事が載っています。

そのひとつに樹木希林さんの記事もあるんですが、その中で希林さんがおっしゃった言葉です

(前略)きっと自分だけが助かる位置にいちゃダメなんだろうと思います。自分も降りていかないと(中略)

いっしょに住んでいる人はホントにたいへんだと思いますが、結局、親はその子の苦しみに寄り添うしかないです

『学校へ行きたくない君へ』難があってこそ育つ

「その子の苦しみに寄り添うしかない」という言葉を見た時に「あ・・・苦しんでいいんだ」って思えたんですよね。

子どもの悲しい顔、暗い顔を見るのが本当に辛くて、いてもたってもいられなくて。もうこの苦しみから逃げたいなって、一刻でも早く元に戻ればいいのにってずっと思ってた。

今は辛くてもこのまま続ければいつかは元に戻れるって思ってやってきたのに、状況は悪くなるばかり。絶えられなくて辛いという感情を消すことに必死になっていたけど

苦しいものは、苦しいままでいい。二人で苦しみ合いながら、私達にとっての最善を見つけていけたらいいなって。逆にそれしかできないし。

希林さんの「たいへんだと思いますが」って言葉にも、「そうだよね。大変だもん。私って本当によくやってるわ!」ってなんか楽になったというか。

親だって辛いし、苦しいんだぞ!って(そういう風に思ってもいい)って言ってもらえた気がしてガッチガチに着込んでた鎧が少し外れたような気がしてとても救われました。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

この記事がいいと思ったらシェアお願いします
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

2児のシングルマザー。離婚後の不安をキッカケに高認試験(旧大検)を受験→通信制大学に入学。4年間で最短卒業しその後社会福祉士の国家資格を取得。崖っぷち人生を好転させるべくブログやYouTubeで離婚後の人生を発信してます。

目次