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近頃は「不登校でもいい」「学校がすべてじゃない」という世間の声をよく見聞きするようになってきました。

たしかに。
それで救われている人がいるのも事実だよね
不登校になる理由も人それぞれですし私も学校が全てだとは思っていません。当然、命をかけて行くような場所でもありません。
ただ、同時に考えなければならないのは学校に代わる居場所です。ここを見ずして「不登校でもいい」と簡単に言うのは無責任だと思うのです。
うち学校内外で相談を受けていない生徒約11万4千人(さらにこのうち90日以上欠席している児童生徒数が約5万9千人)
どれも過去最多数を記録
文部科学省「不登校児の児童生徒等への支援の充実について」令和5年度11月17日
約30万人の小・中学生が不登校ってふつうに考えてすごすぎない?



不登校支援の充実が求められているけど、自分の住む地域ではあまり進んでないというのが現状
そんな私も不登校に悩める母親の一人なので、今回は学校以外の居場所探しを始めてぶち当たった壁についてお話しします。


不登校支援に繋がるって強靱なぬりかべ防壁を越えるくらいハードル高い(個人的感想)
不登校なのに学校に拘るのって悪いことなの?


「学校なんか行かなくてもいい」と言葉にするのは簡単です。
実際、学校に行かなくても毎日過ぎていきますし義務教育の小・中学校は出席日数や学力に関係なく卒業できます。
当然大人にもなれますし、人生ある程度のやり直しも効きます。←私はここを本人に最低限の基礎学習能力と屈強な心、さらに恵まれた環境があればの話だと思ってる



ただ、当事者からするとそう簡単な問題ではない
勉強は?友達は?毎日一人きりで留守番?食事は?日中は家でずっとゲーム漬け?
身体と心が大きく成長する時期だから
子どもには健康的に毎日過ごして
友達と遊んだり
色々な体験・経験をして欲しい



親であれば自然と持つ気持ちだよね
ただ、この辺の考え方や価値観ってそれぞれじゃん?親心はそうでも当の本人は望んでいない場合もあるしこの辺が難しいところ
本人の意思を尊重するのは大事だけど、子どもは先を見る力や経験が大人と比べて乏しいというのは考慮するべきことで
人との関わりを完全に拒絶している状態なら別だけど、そうで無い場合学校という集団生活の中にいるからこそ得られることも多いと思うんだよね





友達との関わりや、家庭ではできない経験も学校ではできる
学校に変わるほどの居場所がないのが悩みであり問題として捉える部分なのだと私は考えています
状態によっては誰にも会わず家にいる時期、しっかり休んでエネルギーを貯める時期があってもいいのです(過去失敗した経験あり↓)
#2学校に行きたくない子ともVS行かせたい母親
学校に行っていない時間の過ごし方
学校に行かない間は当然ながら不健康です。
朝は起きない(起きれない)し、完全に学校を休んでいる期間は一日中家にこもりきりで家族(私と長男)以外との会話はありません。
日中は私も仕事ですし、一人で勉強もできない。お兄ちゃんが帰ってくると一緒にゲームをしをしたりYouTubeを見たりして過ごす。


とにかく絵に描いたような不健康な毎日



一時期、学校に行かない罰と称してゲーム禁止にしたこともありましたがこれは何の意味も無い。
むしろ逆効果に感じてやめました


世間が思うほど不登校児の居場所はない



今の時代、フリースクールとか不登校特例校とかあるじゃん
という声もありますが
費用ご存じです?(圧)
毎日の送迎や弁当の負担は誰がやるん?(((圧)))って聞いてみたいですね



時間も金も有り余ってんのかな
多くが民間団体なので公的支援は受けられず、高額な授業料・送迎等に関わる時間的拘束もあります。
中には不登校支援に力をいれている地域もありますが、格差が大きい。
「不登校支援が~」とか言いますが実体は全く不登校家庭へ優しくありません。金・時間に余裕のある家庭のみが得られる選択です。



そして、経済力も時間も持ち合わせない自分を何度責めたか知れないわ
ヒエラルキー下層を彷徨う崖っぷちシングルマザーの私には関係の無い世界線
学校に変わる居場所探し


学校以外の居場所探しを始めたのは小5の1学期。割と最近です



中学も目に見えてきて不安は大きくなるばかり
学校以外に居場所探しを始めた理由
これまでにも書いた通り、私はなかなか不登校を受け入れられませんでした。
その理由としては次の2点
- 学校以外に居場所がないこと
- 普通に学校に行ける時期もあること
「いつか学校に適応するようになるんじゃないか」という期待がありましたが、学年が上がるにつれて学校へ足が遠のく。
前回話した通り学校での配慮は受けられそうにないし、子どもを学校に連れて行くのも毎朝のやりとりも先生たちへの対応にも疲れた。


この時は呼吸するのも疲れてた


4年生の3学期~5年生の1学期にかけてほぼ学校に行かなくなり、代わりに私の仕事に連れて行くなどしていました。←なんとか社会と関わらせたくて
一人で留守番させるより幾分かマシだったけど、毎日これでいいのか悩みに悩みまくった。で、
やっぱこれはなんか違う気がする!!となり学校以外の場所に相談することにしました。



不登校から約3年目の出来事です
相談


これまで私が行った相談先はこんなところです
実際に行った相談先と対応
- 学校
- 病院(小児科)
- 役所(子育て支援包括センター)
- 社会福祉協議会
学校
当時、学校とのやりとりは最小限にしていましたが(私が疲れたので)、スクールカウンセラーの先生とは定期的に関わりを持っていました。
- 月1ペースの面談
- 面談は私とカウンセラーのみ
- 学校での様子を見てもらう
- 子どもとは面談ではなく自然に関わりを持ってもらう



現在は学校の先生とも関わりを持つようになりました
病院
次男の場合は学校のストレスが体調に出ることがあり定期的に通院をしました。
- 薬の処方(漢方)
※現在は症状がないため服用していません
先生から「学校はどう?とか困っていることはある?」などの会話が少しある程度で不登校支援に関わる何かに結びつくものは無し。
役所
どこか学校以外の居場所はないのか聞きたくて役所に行きました。
学校では聞けなかった不登校向けの子どもの支援と学校以外の場所があることを知ることができました。



後ほど話題に出てきますが、希望をもった瞬間だった
社会福祉協議会
役所と同じ理由で相談。
私の住んでいる地域の社協では、特に不登校児に繋がる支援に結びつくものはありませんでした。
学校以外の居場所が見つかる


役所に相談したことで、これまで知らなかった不登校支援が自分の住む地域にあることを知りました。
教えてもらった使えそうな支援は2つ
- ボランティアによる自宅訪問
- 適応指導教室
ボランティアによる自宅訪問
まず1つめに紹介されたのがボランティアによる自宅訪問。
これは名前の通りボランティアの人が自宅等に訪問してくれて、子どもの話し相手や遊び相手になってくれるそうです。
ただね・・まず思ったのは


ってことです。
そもそも狭すぎて人を呼べる家ではないし、ボランティアの方と言えど見ず知らずの人を家に上げる抵抗感がどうしても拭えない
自宅がどうしても難しい場合、学校の許可が下りれば空き教室を使わせてもらうということも可能と言われましたが、以前断られているので断念。
この数ヶ月後、学校のとある先生のおかげでこのボランティアさんを学校に呼んでくれることになりました。始めは抵抗感を示していましたが、次男以外にも一緒に受ける子がおり結構楽しんでやっていたそうです。
適応指導教室
2つめが適応指導教室。ものすごく簡単に説明すると・・・
不登校の子ども達が集団生活を送りながら学校の復学を目指す場所



教育支援センターって呼ばれたりもする
役所の人の話で私の住んでいる地域には2カ所、適応指導教室があることを知りました。
次男にそれとなく話してみたところ、意外にも興味を示したので見学に行くことにしました。
適応指導教室の見学に行ってみた


この頃は次男も元気が少しずつ戻り「ヒマだな~」という言葉が出てくることもありました。
「だったら学校行きなさいよ。笑」と思いますが、そういうことでもないんですよね。



何気なく「こういう場所があるらしいよ」と話したんだけど、想像以上に食いつきがよくてビックリだった
その時の次男は、自分のように学校に行けない子達が過ごしている場所があること知って嬉しく思っているようでした。
1カ所目
親子で大きな期待を持って向かった一つ目の適応指導教室。
「どんな所だろうね~!」とワクワク。期待に胸いっぱいです


結果
まさかの利用者0人・・・
ゼロ人・・・ぜろ・・zero・・・じぇろ
部屋の感じ(一応お伝えします)
お部屋に案内されてみると、THE・昭和!!って感じの6畳程度の部屋に机が数個・・そこの先生と思わしき男性が3名ほど(定年後くらいの方々)



古いとは聞いていたけど想像以上でした・・・
勉強に遅れがあり過去に学校内の通級の体験をしたことがあるのですが、その先生との相性がそれはもう最悪で・・とてもじゃないけど利用できる雰囲気ではなかったのでお断りした経緯があります。
次男には少しトラウマチックな出来事になってしまったようで、先生達の年齢も同じような感じでこの状況は過去を彷彿とさせる感じに
申し訳ないけど子どもが通いたいと思えるような場所とは程遠い(施設や雰囲気が)
大人の私でも普通にここで毎日過ごすのは無理(本当に申し訳ないけど)市に頑張ってもらいたいです
気を取り直して、もう一つ行ってみよう!!
2カ所目


やっと見つけた学校以外の居場所。なにより子どもが興味を示している!頼む!頼みます!!
神にも祈るような心持ちで2カ所目向かいました。
部屋の感じ(再)
こちらも結構古い感じだし、自宅から結構遠いけどさっきの所よりは幾分いいような。。
ただ、やはりかなり狭い空間に長机とパイプ椅子が占領している空間。見学に行った日は中学生が4名、小学生が2名程度。
確認してところ1日利用する子は少ないらしく、中学生の子は受験に向けて少し勉強しに来る感じで使っていると聞きました。



そこそこ人口数いる地域なのに利用者はこれだけ?不登校の子達っていったいどこにいるんだ…謎
ふと次男の顔を見てみると、あからさまに残念な顔。帰りに次男が言った言葉は
「ほくの居場所がない」でした
私の目から見ても次男には合わない。あまりにも想像とかけ離れていました。
この数ヶ月後私は大学の福祉実習で、隣県の役所や教育支援センターなどに実習にいきました。不登校支援の施設の大きさも人数も何もかも規模が違い、それはそれは驚きました。
自治体によって不登校支援の力の入れ方にかなり違いがあるので、もし今不登校に悩まれている方がいたら諦める前に一度役所に相談してみるのがおすすめです!
失敗・・だと思ったら


言うまでもなく次男は適応指導教室には行きませんでした。
私ももうお手上げです。



希望が完全に絶たれた瞬間
学校に居場所もない、適応指導教室も合わない、役所や社協に行ってみたけどこれ意外の支援はないと言われる。もうお先真っ暗。
私の住む地域では適応指導教室に通うためには学校を通す必要があったので、学校側も見学に行ったこととその結果を知っています。
私も子どもも残念な結果に終わったわけですが、この出来事が意外にもプラスの方向に働くことになりました。
とある先生との出会い
適応指導教室に行けないなら居場所は学校しかない。また振り出しに戻りました
当時は好きな図工の時間だけでもと1限~2限だけ出席していたのですが、そのうちにとある一人の先生に出会います。
年配のベテラン先生なんですがこの方に会ってから劇的に状況が変わりました。
この話はまた別の機会にするつもりですがあんなに嫌がっていた学校が楽しいと言ったり、5年の3学期はほとんど通学しています。(遅刻・早退ありの短時間ですし、もちろん毎日波はあります)
泊まりの野外学習にも行きましたし少しですが運動会にも参加しました。



来年度はその先生が居なくなる可能性が浮上中。すでに恐怖しかない
先生が居なくなればまた来年度からは学校に行けなくなるかもしれませんが、一時的であっても学校に戻れたことは次男にとっても私にとっても本当に大きな出来事です。
一人の支援者がこんなにも人を大きく変えるんだと思い知らされたというか、本当にすごい人に会えたなと。もう感謝しかありません。
まとめ


不登校3年目でようやく学校以外の居場所を探し始めた結果、自分たちに合う居場所を見つけることは出来ませんでした。
自分がやっていることが正しいのか間違いなのかもわかりません。調子がいいと思ったら逆戻りなんてこともしょっちゅうです。
まだまだ不安定な感じではありますが、本人は毎日とても頑張っています。本人の努力はもちろんのこと、先生方のサポートなくしては到底無理だと感じる毎日です。

