Life is...
ひとりごと

物事にはすべて理由があるというのは、私にとっては意味づけである。

いろんなことに理由を見出したい

いろんなことに意味づけをしたい

たぶん、私がこう感じてる時って、何かを乗り越えようとしている時。

すべてのことに意味を見出す必要はないし、実際すべてのことに理由があるとも思えない。もし、仮にそうだとしても そんなこといちいち考えてたら疲れる。

だって、受け止め難いことも沢山起きるから。

それでも、そこに意味を見出そうとする私は、この出来事を自分の中に落とし込むため。

 

この先起こるであろうことの為に今、私はこういう状況である。

「あの時上手くいかなったのは、今こうして新しく始める為だったのかもしれない」

「あの時、失った理由は、これを手に入れる為だったのかもしれない」

確かに、すべては選択の上での出来事で

どんな小さな選択さえも、一つ違ったら同じ状況ではない。

できれば失敗はしたくない

辛い思いはしたくない

正しいことだけを選択していきたい


でも実際、そんなことは不可能じゃないですか。

正しいの定義というか、そういうのは状況や自分の中でも日々変わっていくものだから。


選択をしなくてはいけない時、

簡単には決められなくて、色んな状況を思い浮かべる。

「簡単なのはどっちか」

「楽なのはどちらか」

 

傷つかないのは・・・どっち?

自分にとってプラスになるのは・・・?

 

 

きっと、悪い中でも常にその時の最善というのを探してて、被害を最小にしようと守っている。

辛さや疑問を抱えたまま現状維持を取るか、それとも自分の中の疑問に向き合い少し勇気を出して改善していくのか。

 

そしてこの時、最大限に意味を見出そうとする

 

だって、そこに意味がなかったら辛いじゃない。

「なんで、こんなに悩んでるんだろう」とか

「耐えてるんだろう」

辛い気持ちになってるんだろうって。

そこに意味をもたらすことで、自分の感情を整理できる


なるべくしてなったと言うのは

「ほら、やっぱり自分の意見(考えは)正しかった」のだと正当化したい、あるいは思い込みたいのかもしれない。

 

そうしたら、納得できるから。

 

 

無理くりな意味付けでも、

前を向けたり、救われるのなら

私はそれでもいいんじゃないかと思う。

目を背けて、見えないふりをしていても何時だって最後は確信になるんだから。

 

 

ABOUT ME
izumi
izumi
4年制通信大学に通うシングルマザー。 離婚を期に高校中退であることに不安を覚え高認資格を取得、その後通信大学に入学し現在福祉と心理学を学んでいます。