ひとりごと

新年の抱負や目標は決めない

新しい年が始まりました⛩みなさんどうお過ごしでしょうか。

2020年は「ちょっとの冒険心と少しの探究心、そして最小限のストレスに留める生活」を目指していくつもりです。

少し控えめな目標にも思えますが、今の私にはちょうどよいかもしれないと思っています。

新年の目標や抱負を立てないわけ

一年間の目標や抱負、やりたいことリストみたいなものを考えてみたんですけどね。まぁ浮かばない。

もともと計画するのが苦手な上に、長期戦ともなるとなおのこと。すぐ結果が欲しい私は、リスト化するとものすごい勢いでクリアしていこうと思うわけです。要は辛くなっちゃうんですね。

過去の経験から

3年くらい前だろうか。当時、わりと人生のドン底らへんにいて。前向きな気持ちを持つべく、実際に目標や夢をリスト化したことがたったんだけど、それが余計にストレスに感じてしまって。

その頃の私は、狭くて一直線な道をなるべく前だけ見て歩いていたように思う。いつも以上に、視野を狭くしていないと不安で仕方がなかったから。

もちろん意識的に前向きにいることって、時には大切。暗い気持ちでいても何か改善するわけではないですから。

明るく前向きな気持ちでいた方が、心が健康的でいられると思う。ただ当時の自分は、正直な自分の気持ちさえも誤魔化そうというか、見て見ぬ振りをしていたような気もする。

私の場合は「その負が」たまたまいい方向に向いたのか、ある時からあれよあれよと物事が転がり始じめ一番辛かった時期は脱出できたように思う。

ただ、それはの話なだけであって、あぐらがかけるほど安定していないし、状況は相変わらずのまま。

あまり欲張らない理由

私が目標を立てないのは、計画的に物事を進めることが性に合わないと言うのが一番の理由だけれど、それと別にまた厄年が始まったことも関係している。

女性の30代は厄年が2回もあるですよ前厄、後厄を含めれば6年間

6年間ですよ?

30代の半分以上が厄年って。30代女子、ハード過ぎませんか。

もともと、厄とか全然気にしない方で。そんなものは迷信だと思っていたのだけれど。病気、謎の体調不良、離婚、軽めだけれど単独事故2回、手術など。あまりにも色んなことが立て続けにあったので、そうも言っていられなくなった。

それでも、離婚だけは厄年のせいにしたくない。だってそれは自分の選択の上で決めたことだし、何より「自分にとってよい選択をした」と心のこそから思ってるから。もちろん色んな犠牲もあるのは事実なので、手放しで喜べわけではないけれど。

そんな訳で、健康で、生活もそれなりに安定してみんな元気に笑顔で過ごせることが一番の幸せだと思う。

前回の厄年のような状態は避けたいので、厄年中は無理せず、高望みもせず、地道に進んでいきたい。

運命を感じたから、とりあえずやってみる。

とはいえ、何でもかんでも厄年のせいにしたくはない。良いことだってたくさんあったし。自分の選択上で起きることに関しては、結局、自分が選び取っているのだと思う。

やりたいことは積極的に

人との出会いや、興味のあることには積極的でいたいなと思う。やっぱり普通に日常を送っているだけだと、どうしても同じような繰り返しで。

自分から少し枠を出てみないと、なかなかそれって変わらない。いつもと少し違う場所、違う行動をした先にしか、出会えない人や経験は沢山あって。

どんな形でも、どんな少しのことでも、もっといえば、直接的な関わりは無いにしても、やっぱり感じることや得ることは少なからずあると思うから。

時間やお金を考えると躊躇することって日々の中で割と多くないですか?

もともと出不精気味なのはあるけれど、実際問題十分に行動できるというわけではないのは確かです。

こんなこと言ったら、話が全て終わってしまいそうですけど、子育て中ってやっぱりそんな自由はないですよね。

昔に比べれば、比較にならないほど自由なのは事実ですが、時間が経つにつれ、当たり前のような感覚になってしまって。

一日、数時間程度の自由さでは、私のやりたいことはやれなくて。そういう意味では、私が単に欲張りになったのかもしれませんね。

それを含め、すべては自分で選んだことですし、制限ができた分、楽しいことや貴重な体験も同時に得たわけですから。良きも苦労もトントンかなと思ってます!

日々の生活に楽しみを作る

自由に身動きできない時ほど、日常の中にどれだけ楽しみを作れるかというのはかなり大切なこと。

なんだかんだと言って今現状、恵まれた状況におり、割と自分のペースで色んなことができている環境にいます。それでも、やはり十分ではない。人間って良くも悪くも慣れますから。

日々の生活の中でどれだけストレスを減らし、好きなことを取り入れ、楽しく暮らすかってきっと私の中で生涯に渡っての目標かもしれない。

あえて目標を決めないことの利点

そもそも、目標を決める意味ってなんだろう?と考えた時に、無駄なく日々を過ごすためではないか思った。

どうしても楽な方に流れてしまうし、決めないとなあなあになってしまう。そうならない為に目標や抱負を掲げるのではないでしょうか。

一年後よりも、目の前のこと

自由の程度は違えど、どんな人にも一日の時間は同じ分だけ与えられている。

人間やっぱり、いい時ばかりでも、頑張れる時ばかりでもないじゃないですか。みんな日々いろいろあるからさ。

得るものがあれば、失うものがあるのは当然。ある物を選択したら、その瞬間別の道は失われているわけで。

選んだ先に現状があり、それが今、自分の思っていた結果をもたらしていなくとも「その道だからそこ得たもの、得ているもの、これから得るもの」は確実にあるはずで。

がむしゃらでも、何となくでも、毎日同じように過ぎてしまうから、やっぱり焦りがないといえば嘘になるのだけど。

目標や、やりたいことって見つけようと思って見つかるものでもないし、目標を決めるというよりは「何となくやっているうちに目標が見つかる」方が近いのではないかと思う。

「何かを見つけたい」という気持ちが先走ってしまい、頑張ることが目的になってしまっていたらそれはまた違うだろうし。

決めないことで、選択肢を広く持っておけるという意味では「決めないこと」って案外いいことかもしれない。

 

今年もまた、自分らしさや、自分の好きを探す一年になりそうだ。アンテナだけは張り巡らせておいて、瞬時に動けるフットワークの軽さだけは持っていたいと思います。

 

ここまで読んでいただきありがとうございます!

実はそう好きでもない話こんにちは!Izumiです(@idumi_0c0) 途中でやめることは逃げ出すこと、逃げ出すことはよくないこと 一度決めたらやり通す...
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4年制通信大学に通うシングルマザー。 離婚を期に高校中退であることに不安を覚え高認資格を取得、その後通信大学に入学し現在福祉と心理学を学んでいます。

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